閻魔様こと四季映姫・ヤマザナドゥについていくこと半刻弱。
幻想郷は緑で溢れている。ピクニックをするのなら打ってつけの場所ばかりだろう。
だが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。今、頭の中は目の前を歩く少女のことでいっぱいだった。
棒でも入っているかのようにピンと伸びた、高僧のような背筋。武芸の達人を思わせる滑らかな足取り。歩調に微かに反応する帽子から垂れる赤と白の飾りまで全てが厳かで、「徳が高い」などという言葉を使うこともはばかられるほどに彼女の放つ別次元の存在感を放っている。それはおおよそ凡人としか言えない自分ですらも感じ取ることができた。
ただ、歩いている姿をこうして後ろから眺めているだけで存在の違いを実感する。そんな彼女へ、今から弾幕戦を挑むという自分は、割と酔狂なのかもしれない。
閻魔様が立ち止まる頃には風景はほぼ緑一色になっていた。
唯一、緑に染まっていないのは遠く後ろの方に見える里だけ。外周を背の高い木の柵で囲まれたその場所だけが、キャンバスに一滴だけ垂れた絵具のように控えめに木目色の存在を訴えていた。正確には最早茶色にしか見えていないが。
「ここならば、多少の無理は利くでしょう」
10歩ほど先に立っていた閻魔様は静かに振り返りつつそう言うと、こちらへ向かって歩を進めてきた。
「今から始めるのは、あなたの望み通りスペルカードルールに則った弾幕ごっこです。その規則としてもそうですし、何より私が殺生をする訳には参りません。死にはしないので安心なさい。ですが――」
閻魔様が俺の横を通り過ぎていく。奇しくもそれと同時に空を流れる雲で日が陰った。僅かに下がった周辺の気温がやけに冷たく感じ、背筋を流れる冷えた汗が硬化剤であるかのように緊張感で俺の体を固めていく。
追い打ちをかけるかのように、閻魔様の台詞の続きが耳に響いた。
「それ以前に裁きである以上、一切手は抜きません。そのことを肝に銘じ、あなたの行動が如何に愚かであるか身を持って知りなさい」
言葉のひとつひとつが金槌で打つかのように重く聞こえる。言霊とはこういうものかもしれない。
しかし、竦んでばかりいては駄目だと自分に言い聞かせ、重りでもついているのかと思わせるほどに鈍重な体を動かした。後ろに立っているはずの閻魔様の方へ立ち向かうのだ。せめて一太刀でも浴びせてやろう。
勢いよく振り返り、回転を終えた視界の先に現れたのは閻魔様ではなかった。
「えーと、何で藤原さんがいるんですか……」
脳内で行っていた想定を大きく裏切られ、思わず怪訝な顔になってしまう。妹紅はそんな俺の顔を見て呆れ果てた顔をしていた。
「何で、じゃねぇよ。そんなことより今からでもギリギリ間に合う。四季様に頭下げて弾幕戦なんかやめろ。な?」
「そんなの、やってみなくちゃ分からないでしょ」
強がりにも程がある言葉が口をついて出た。見え見えすぎる虚勢に妹紅は大きく溜息をつく。
「分かるよ……火を見るよりどころか、薪を用意する時点で分かりきってる。なぁ、お前自身だって分かってるだろ。そんなにガチガチの体じゃまともに動けやしねえ。何よりお前には武器がない。指先一本触れられずに被弾して負けちまうのがオチだ」
「こ、これは……アレですよ。武者震い的な。うん、武者固まりと名付けましょう」
「名付けるな。ただビビってるだけじゃねーか」
「それに、武器ならありますよ。ほら」
そう言いながら木刀を突き出す。自分で見せつけておきながら、やはり頼りなく感じる。
「ここで言う武器ってのは弾幕、つまり飛び道具のことだよ。冥界の半人半霊の娘みたいに刀で弾幕を消せるなら話は少しくらい変わるかもしれんが、お前にはできないだろう。そんな棒っきれ、気休めにもなりゃしねえよ」
妹紅の言うことはごもっともだった。木刀一本あったところで多少のリーチが得られるだけ。そんなことは今まで何度か弾幕戦をやってみて痛感している。でも――。
「……それでも、やらなきゃいけないんですよ」
「どこにそんな必要がある? 私にはわかるように説明できもしないだろうに」
「確かに説明はできませんが……それでもやらなきゃならない。逆にやらなかったら、なんていうか、俺の存在そのものが駄目になるような気がするんです。お願いです、やらせてください。必要性ならやった後にでも考えますから」
自分の口から出る台詞は、弾幕戦に身を投じる自身への再確認のようだった。
そう、やらなければならない。正確にはやることによって何かを得られる気がする。それが何かはわからない。だからこそわかりたい。格好良く表現するのなら探究心とでも言おうか。それを失ってしまったら、ここにいる意味すらないと確信を持って言える。だから、例え勝ち目がなくともやりたい。
「……分かった。そこまで言うのなら好きにしろ」
もう言っても無駄だと悟ったのか、妹紅は横を向いてしまった。
「ありがとうございます」
会って数時間の俺のことを、何か理由があるのかただのお節介なのか分からないが心配してくれた彼女に対して素直に礼を言う。
「お礼なら相手をしてくださる四季様に言え。私は端で見物でもさせてもらうよ」
そう言いながら俺に背を向けて歩き出す。
「はい」
「あと、四季様がスペルカードを使ったら全力で横方向へ走れ」
「はい。って、え?」
「独り言だ。精々1秒でも長く続けてみな」
「……はい!」
肩越しに見えた彼女の表情は柔らかだった。それが伝染したのか、俺の体の緊張も解けていた。
一歩、前に踏み出して、まずは妹紅に言われた通りに礼を言うことにした。
「閻魔様。俺の我儘を聞いてくれてありがとうございます」
頭を下げる俺に大して、沈黙のまま一連の会話が終わるのを待っていた閻魔様が呟いた。
「……降参は無しですか」
「はい。宜しくお願いします」
もう一度、頭を下げる。
「分かりました。ならば、始めましょう」
ざわりと、空間そのものが蠢くような気配がした。百は下らない白い粒の弾が浮かび上がり、俺に向けて迫りはじめる。粉雪が降り注ぐような、と言い現わせば幻想的かもしれない。秒を重ねるごとに密度は増していくその弾幕にそんな表現は似合わなかった。1分と掛からず、忙しなく避けるようになる。
だが、まだ避けることだけに集中しなければならないほどではない。全速力には程遠いが、徐々に間合いを詰めることができる。
「弾を撃つ力もなく、避ける技もなく、それでもなお弾幕戦に身を投じ、あまつさえ閻魔であるこの私に挑むその意気やよし。しかし、それは勇敢ではなくただの蛮勇であることを知りなさい」
弾の密度が倍加する。まともに風景どころか閻魔様の姿すら見えなくなる。もはや粉雪などという生易しいものではなく、さながら雪崩のような弾幕に成長していた。それでもまだ避ける余地は僅かに残されているのが分かる。出来うる限り弾道を予測し、弾と弾の隙間へと身を滑り込ませ、閻魔様の姿を視認できる程の距離まで近付くことに成功する。
あと少しで一撃が届く。俺の目に白い光が映り込んだのはその時だった。光の出所は閻魔様の持つ笏。白の光を棚引かせながら、笏の先が俺へと向けられた。
耳元を風切り音が通り過ぎた。何かが俺の頬を掠めて俊速で飛び去って行く。
面食らっていた俺に向けて更に次弾が飛んできた。黄色いような、茶色いような。速すぎてどちらの色か判別がつかない。この白い弾幕の中で飛び交うそれは、まるで雪崩の上を滑走する野兎のようだった。最も、野兎はそんな真似なんてできやしないだろうが。
ともあれ、この弾は白粒弾幕よりも遥かに速度が速い。この至近距離で避けるのはあまりに危険すぎた。
――初見は無理でも少し目を慣らせば避けられるかもしれない。
そう考えた俺は1度間合いを取り直す選択をした。下がれるところまで下がり、雪崩の中から飛び出てくる野兎弾幕に備える。
そして迫りくる2種類の弾幕を目前にして、目論見は失敗だったことを悟った。確かに閻魔様から離れることによって目を慣らすことはできた。野兎弾幕の正体がなんであるかもわかった。それは閻魔様の持っている笏を模した弾。厚みのある弾は確かな質量を有しているのは明白。風切り音を残すほどの速度で被弾すれば痛恨の一撃は免れない。
痛みを恐れる心が足を鈍らせた。逃げることを許さない雪崩のような弾幕が、瞬く間に俺の周りの空間を駆逐していく。視界を埋める白。ホワイトアウト、という言葉が現状によく似合う。
被弾しないのが不思議なくらいのこの状況下で、閻魔様は駄目押しをかけてきた。
罪符――「彷徨える大罪」
雪崩の中で光が砕けると、四方八方へ笏弾の波状攻撃が展開される。その整然と列を成した数々の笏弾の中に隙間を見つけ、迷わず安全地帯へ移動する。
――これなら簡単に避けられる!
追い打ちをかわして生まれたのは安心。それは油断と言い換えられたのは、脇腹から衝撃を感じた時だった。
完全に無防備になったところに食らった一撃は、俺の呼吸を止めた。その間、動いたものはと言えば目線だけ。俺を殴りつけた笏が良く見えた。なんとなく、模様が「罪」という字に見える。まさに読んで字の如く、罪をその身に受けているな、なんてどうでもいい考えが頭の中をよぎった。衝撃は強く、どうにか反応した足は、情けなくふらつくことしかできなかった。頭では避けたつもりでも、力の入らない両足では移動距離を確保できなかった。降り注ぐ「罪」を矢継ぎ早に体のそこかしこに受けると、踏ん張ることもできず痛快に吹っ飛んで地面を毬のように転げて回った。
地面に伏して激しく咳き込む度に、体中に痛みが走る。できることは軋む体を震わせながら、閻魔様の方を見ることだけだった。いつのまにか全ての弾が姿を消していて、閻魔様の顔がよく見えた。
「もう、終わりですか」
息を普通に吸い込むことができず、声を発することもできない。返事のできない俺に怒声が浴びせられた。
「なんと不甲斐ない! 曲がりなりにも私に弾幕戦を申し込んだのならば、せめてその気概くらいは伝えてみせよ!」
全く持ってその通り。
言葉にはできなかったので、せめて心の中だけでも答えておいた。
力の差は歴然。それなのに何故、弾幕戦を望むのか。それが知りたいと、さっき自覚したばかり。残念ながら地に伏せっていても答えは転がってやしなかった。鈍い動作で立ち上がり、閻魔様と目を合わせる。
「……まだ、です!」
自分でも笑えるほど、いっそ清々しいくらいの虚勢だった。
「宜しい!」
閻魔様の凛とした声が響く。すぐさま弾を生み出し、再び俺は雪崩の中に放り込まれた。
立ち上がってはいるものの、虚勢は虚勢。体を自由に動かすことのできない今は、白粒の弾を避けるだけで精一杯だった。笏弾を避けようとしても踏ん張りが利かず、ふらついてしまった。体が流れるままに弾に自分から飛び込む結果となる。再び地面を転がる俺。
「まだ……まだ!」
虚勢を張ることを止めない俺の態度を、両膝は爆笑しているかのようだった。俺の姿は生まれたての子牛によく似ていると思う。
そんな惨めな姿を見てもなお、閻魔様は最初の言葉通りの行動を取った。即ち、一切手を抜かない弾幕。苦し紛れに踏み出した
先でまた被弾した。意識が手を離れていく。
目を開いて、弾かれたように顔を上げた。体が悲鳴を上げる。口に入った砂を唾と共に吐き出し、痛みで霞む目で砂埃を確認した。
どうやら気を失ったのは一瞬らしいが、閻魔様が俺に近付こうとしていたらしく、最後の記憶よりも距離が縮んでいる。
俺が目を覚ましたのに気付いて、閻魔様が口を開いた。
「まだ、やりますか。それとも降参しますか」
今度の声は怒りを含んでいなかった。むしろ聞かん坊を諭す母親のような優しい口調と言える。
それ以上は何も言わず、足を止めたまま俺の言葉を待っているようだった。
みっともなく手足を地面に放り出していた俺は、答えるべく身を起こす。どうにか正座の体勢まで立て直すと、弱弱しく両手をつき頭を下げながら、ためらいなく返事をした。
「……もう一度、お願いします」
先ほどとは違い、閻魔様はすぐには返事をしなかった。
頭を下げている俺から閻魔様の顔は見えない。どう見ても勝ち目がないのに再戦を申し込む俺に呆れているのだろうか。それとも頭を抱えているのだろうか。どうか了承してもらえないかと願いながら言葉を待つ。
ふっ、と息を吐く音が聞こえた。いや、音ではない。これは笑いをこらえているような――。
「分かりました。今一度だけ」
望んでいた答えが、確かな言葉が返ってきた。ありがたい気持ちで一杯になる。ぼろ雑巾と比較しても見分けがつかないかもしれないほどに傷ついている俺をまだ相手にしてくれるとは。顔をゆっくりと上げ、閻魔様の顔を見る。弾幕戦を始める前の厳しい
顔付きではなく、菩薩のような微笑を浮かべていた。
「ありがとう、ございます……!」
思わず言葉が出る。心からのお礼だった。
「さぁ、立ちなさい。今一度だけ相手をしますが、あなたの体はもう限界が近いでしょう。1発勝負です。次に当たったら即座にこの弾幕戦を終了します。宜しいですね?」
「……わかりました」
膝に手を付き、満身創痍の体に鞭を打って立ち上がる。これで最後だからと、あと少しだけ動いてくれと自分に向かって頼み込む。数度の深呼吸。膝は爆笑を止め、心臓もゆっくりと動いてくれていた。腕の方も一回くらいなら振り回せそうだ。どうやら、体からの了承を得ることができたらしい。
「閻魔様、始めましょう」
長くはもたないことは分かりきっているので、今度は自分から開始の合図をした。閻魔様はそれに頷いて応え、背負う風景を歪ませた。本日数度目の雪崩の出現。
恐れはない。そんなもの今更過ぎる。派手に動くことはできないので、最小限の動きでかわしていく。
少しずつ、少しずつ。秒針が時間を刻むように閻魔様へ近付いて行く。
俺の傍を笏弾が通過していった。目にも止まらぬ速度にも関わらず、全てが俺を避けるように飛び去っていく。わざと俺を掠めるように放たれているようにさえ見えた。
その感覚が頭に浮かんだ時、不意に笏に刻まれた「罪」の字が思い起こされた。もしかしたら罪を受けたくないと足掻き、罰を受けることを是としない者こそを狙っているのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎった。
弾が縦横無尽に飛び交う中、導かれるように足を進めていると、奇跡的とも言うべきか1度も被弾しないまま、閻魔様の前に来ることができた。
「……ここまで来ましたか。よくぞただの人間の身で、と感心します。私は、罪を受け入れるものに必要以上の罰は与えません。ですから、罪を減らし、引いては死後の生活をよりよいものにするために日々善行を積むように教えを説いているのです。自分の罪はなんであるか、それに対しての善行がなんであるか。それを考えて生きていくのがあなた方人間1人1人が持つ役目なのです。だから、あなたにもそれを考えなさいと説いたのです。分かりましたか?」
「……はい」
「宜しい。それではきちんと自分の在り方を考えて今後の生活を送るようにしなさい。……しかし、それはそれとして、です。あなたは浅薄が故に犯した罪を裁かねばなりません。覚悟をなさい」
「えっ。今の流れで行くとこのまま和解するんじゃ」
「何を言いますか。閻魔に楯突くとは大罪ですよ。和解をするのならば、裁きを受けた後です」
閻魔様の手に輝き、スペルカードが生まれる。ちょっと待って、なにこの零距離射撃。
「さぁ! 大人しく裁きを受けなさい!」
審判――「ラストジャッジメント」
閻魔様の体から眩いばかりの光が発せられる。これをまともに食らったらまた閻魔様に会えそうな気がした。正直、そういう再会の仕方は数十年先まで御免被りたい。
ふと、妹紅の言葉が思い出される。まさに彼女の言った通りのこの状況だった。ここでその手を取らない訳がない!
決断と共に脱兎の如き全速力で横方向へ走り出した瞬間、時間がゆっくりと流れている錯覚に陥った。
導線と思しき光が閻魔様の前を一直線に伸びる。コンマの差を置いて、俺がいた空間を轟音と共に激しい光が埋め尽くした。
うわぁ、としか感想が出ない。あれに当たっていたら人生を何度分か消費できていたと思う。
光の奔流は収まらない。空気をチリチリと焼く熱気が伝わってくる。閻魔様に逆らうとアレを食らうことになるのか。なるほど、大罪だ。閻魔様の怖さが身に染みる。
その恐怖の権化を見やると、強力な攻撃の代償なのか完全に無防備となっていた。今なら、確実に一撃を叩きこめる。
右手に持っていた木刀と閻魔様を交互に見る。確か、1発食らったら終わりって言ってたよな……。
先ほどまでの罪を受け入れる態度はどこへやら。もしかしたら目の前の光の奔流に飲み込まれてしまったのかもしれない。閻魔様との弾幕勝負に1度くらいは勝って幕を引きたいという欲が沸いてくる。
光が収まりつつあった。果たしてどうするべきか、悩む時間はほとんどない。悩む必要はないだろう。いけばわかるさ!
この圧倒的有利な状況を得て、俺の体は痛みを忘れて水を得た魚のように躍動する。
「もらったああああああ!」
勝利を確信した俺は、雄叫びを上げながら木刀を大きく振りかぶって閻魔様に飛びかかる。
刹那、閻魔様がこちらを向いた。曇りのない瞳が俺を見ている。
虚を突かれたその表情は、今まで見てきた荘厳な雰囲気が姿を隠し、可憐な少女にしか見えなかった。
閻魔様とかそういう以前に、女の子の顔を木刀で殴りつけるなど許されるのだろうか。いや、許されるわけがない。それこそ大罪であると、俺の本能が告げた。
だが、振り下ろす手は止まらない。飛びかかったために足で止まることもできない。このままでは確実に閻魔様の額をかち割ってしまう。そんなことしてなるものか。ならばどうすればいいか。その答えは掌を開くことだった。木刀は見事明後日の方向へテイクオフしていく。
それは勝負には勝つ可能性を放り投げたと同義だった。その代わりとして、男としての矜持は守ることができる。それでいいじゃないか。
数秒間の激しい葛藤の末、ささやかな達成感を得ながら俺の体は閻魔様に突っ込み、もんどり打って双方倒れ込む。
「うう・・・…」
俺の下敷きになっている閻魔様の声が聞こえた。
「だ、大丈夫ですか?」
頭をさすりながら閻魔様が目を開け、今、どうなっているかを目視して体を硬直させた。
「どうしたんですか?! どこか打ちどころが……」
「この……不埒者ぉぉ!!」
閻魔様の可愛らしい叫びとは裏腹の力強い右フックが俺の顔面を直撃した。
俺の見る世界が激しく回転している。その中で腹を抱えて大笑いしている妹紅の姿を見たような気がした。気持ちはわからないでもない。
「罰を受けないどころか、閻魔を組み敷こうとするなど言語道断です! この大馬鹿者!」
地面に受け止められた俺に、閻魔様の蔑むような言葉が突き刺さる。
「いや! それは語弊がありますよ! 決してそんなつもりで――」
思わぬ濡れ衣を着せられたあまり、反射的に起き上がりながら反論する俺の額は、今度は左ストレートで正確に撃ち抜かれた。打ち所も威力も申し分なかった。痛すぎる。
「聞く耳は持ちません! いいですか?! あなたのしたことは……――」
藤原さん、やっぱりあなたの言った通り、閻魔様には敵いませんでした。
でも、これって試合に負けて勝負に勝った的なアレですよね――。
軽く彼岸を越えていきそうな速度で遠のいていく意識の中で、そんなことを考えていた。